プラセンタとは?プラセンタはいつごろから使われていたの?

プラセンタとは?プラセンタはいつごろから使われていたの?

プラセンタとは

プラセンタとは、胎盤の英語表記。胎盤は、私たち人間をはじめ哺乳類動物が
妊娠したときにできる器官で、円盤形をしています。
もともと体内にある臓器ではなく、受精卵が子宮内壁に着床すると、
その受精卵から無数の絨毛が伸びて子宮内壁と結びつき、胎盤が形成されます。
胎盤はへその緒によって胎児と繋がり、胎盤を通じて母体から栄養分を胎児に
供給し、
解毒や排泄作用を通して母体内で成長していきます。




プラセンタはいつごろから使われていたの?プラセンタの歴史

中国(唐)の医学・医学書『本草拾遺』に「人胞」「胞衣」の名で胎盤が薬として紹介される
1596年
中国(明)の医学・薬学書『本草網目』に胎盤が「紫河車」の名で記される。
以後「紫河車」は代表的な漢方の一つに数えられる
1613年
韓国(李朝時代)の医学・薬学書『東医宝鑑』に「紫河車」の期日が見られる
1755年~1793年
マリー・アントワネットが胎盤を美容に用いる

1700年代
「紫河車」を処方した加賀(石川県)の秘薬「混元丹」が好評を博す
1993年
ソ連の医師フィラートフ博士が「組織療法」に着手する
1953年
稗田憲太郎博士が日本に「組織療法」を日本に伝える。
その後、久留米大学教授となり、胎盤活用の研究を進める
1959年
稗田教授の開発した治療薬が「ラエンネック」として医薬品の認可を受け、発売される
1960年頃~1970年頃
全国の国公立病院で「組織療法」が盛んになる(が後に下火となる)
1970年代~
化粧品等、美容面へのプラセンタの応用が盛んとなる
1988年~
健康食品等へプラセンタの応用が盛んになる
【古代ギリシャ】
西洋医学の父といわれる医師ヒポクラテスが古代ギリシャ
紀元前460年頃~紀元前375年頃、すでにプラセンタを薬品として利用し、
患者の治療に使用していたといわれています。
【中国(明)】
中国・明時代の薬学書『本草綱目(ほんぞうこうもく)』
(李時珍著、1596年)には、「紫河車(しかしゃ)」という漢方薬
としてプラセンタが紹介され、「気血を養い、解毒作用があり
精神安定や不妊症などの症状にも用いられた」と記されています。

≪プラセンタのパワー≫
胎児にとってさまざまな機能を代行し生命を育む源である
プラセンタは、豊富な栄養素を含んでいます。
わずか10ヶ月の間に受精卵を約3kgまでに育て
上げるのは“成長因子”が存在しているからです。
この成長因子を含む素材として唯一人工的に作るのは
“不可能”と言われています。
プラセンタは古来から医療に活用され、現代では肝機能や
更年期などの治療に、美容面ではエイジングケアに用いられています。
(医療は人由来プラセンタを使用ラエンネックやメルスモン)